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江戸川乱歩についてあなたがたぶん知らない7つのこと

江戸川乱歩は1894年10月21日に生まれました。誕生日にちなんで乱歩のトリビアをご紹介します。

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 1.最初のペンネームは江戸川乱歩ではなかった

最初の筆名は江戸川藍峯(ランポウ)でした。2001年に発見された二銭銅貨の草稿にはそちらが記されています。戦争中は小松龍之介の名前で子供向けの科学読物を書いていました。本名は平井太郎。

2.中学時代の安部譲二にダメ出し

作家の安部譲二が麻布中学二年の時、「宝石」に「悪血」というエログロ小説を投稿し、見事入選しました。当時編集にかかわっていた乱歩は「この子の心は病んでいる」と批判し、結局雑誌に掲載されることはありませんでした。その後、安部はヤクザの道を進みますが、この件が影響したのかどうかは定かでありません。

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3.江戸川乱歩賞の賞金は1000万円

江戸川乱歩賞の副賞賞金は1000万円、国内最高クラスです。受賞者は主催出版社が強力にバックアップしてくれるため、続けて活躍する作家が多いようです。「直木賞を受けて消えた作家はいても、乱歩賞を受けて消えた作家はいない」と言われています。

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江戸川乱歩賞公式ページより

4.乱歩は蜘蛛が苦手

「わが夢と真実」というエッセイ集の中で乱歩は蜘蛛が苦手と書いています。父親も極度な蜘蛛嫌いだったので遺伝だろうとのことです。でも「蜘蛛男」なんていう小説も書いていますよね。

江戸川乱歩全集 第30巻 わが夢と真実 (光文社文庫)

蜘蛛男

蜘蛛男: 江戸川乱歩ー創元推理文庫(Kindle版)

5.作家になる前の職業は10を超える

乱歩は早稲田大学在学中から様々な仕事に手を染め、25歳の時には団子坂で弟二人とともに「三人書房」という古本屋を営んでいたこともあります。以下が乱歩がついたことのある職業です。封筒貼りの内職、市立図書館の貸出係、英語の家庭教師、貿易商、タイプライターの販売、造船所、雑誌編集、支那そば屋、新聞記者、ポマード瓶の意匠宣伝・・。怪人二十面相並みですね。

江戸川乱歩・少年探偵シリーズ(1) 怪人二十面相(ポプラ文庫クラシック)

江戸川乱歩・少年探偵シリーズ(1) 怪人二十面相(ポプラ文庫クラシック)

6.乱歩は46回引越しをした

三重県の名張市出身の乱歩は子供の頃から親の仕事の都合で引越しを繰り返していました。大人になって自分で住む場所を選べるようになっても住処を転々とし、生涯で46回の引越しをしています。最後に住んだのが、池袋の立教大学に隣接した土蔵付きの借家でした。乱歩はここが気に入り、昭和27年に自ら買い取り、亡くなるまで住みました。現在は日を限定して公開されています。

7.31年の作家生活のうち、17年間休筆していた

大正十四年に専業作家になってから現在まで満三十一年余だが、そのうち十七年休筆していたのだから、正味十四年あまりしか働いていない勘定になる。書いているより休んでいる方が多かったのである。 ー江戸川乱歩「私の履歴書」

  • 1回めの休筆ー1927年3月:愚作「一寸法師」に嫌悪を感じて。
  • 2回めの休筆ー1932年3月:平凡社の全集の印税で当分生活に困らないから。
  • 3回めの休筆ー1935年5月:「悪霊」の中断や「石榴」の失敗に嫌気がさして。
  • 4回めの休筆ー1941年ごろ:戦時の情報局の方針で探偵小説が書けなくなる。以後10年近く書かなかった。

それでもたくさんの作品を残していますね。やはり「大乱歩」です。

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